広の顔が皮肉にゆがんだ。
――本署のものだよ。
彼はだまって上へあがった。父はまだ帰っていないのか、居なかった。
――まア/\、お前!
母親は顔色をなくして、坐ったきりになっていた。待たしていた間、この可哀相な母親が背広にお茶を出したらしく、「南部せんべい」のお盆と湯呑茶碗《ゆのみちゃわん》が二つ並んでいた。それを見ると、彼は胸をつかれた。彼は次を云えないでいる母親に、
――何んでもないんだ。直ぐ帰るよ。
と云った。
彼は二人の背広にポケットというポケットを全部しらべられた。家の中はすっかり「家宅捜索」をうけて散らばっていた。
土間で靴の紐を結びながら、背のずんぐりした方が、
――こんな所に関係しているものがいようとは思わなかったよ。
と云った。
彼はその言葉の中に、当り前でない意味を聞きとった。彼は河田に云われたことを守っていた。今迄一度だって、彼等に顔を知られたことがなかった筈だ。河田でも云ったのだろうか。そんなことは絶対にない。とすれば――。彼は何かあったんだ、と思った。
母親は坐ったきりだった。彼は何か云えば、それッ切り泣けてしまうような気がした。
――行ってくるよ。
彼はそして連れて行かれた。
二十二
初めての臭い留置場は森本を寝らせなかった。そこは独房だった。
彼は澱んだ空気の中に、背を板壁に寄らせたまゝ坐っていた。――色々な考えが、次ぎから、次ぎから頭をかすめて行く。然し不思議に恐怖が来なかった。ただ頭だけが冴《さ》えてくる一方だった。
明け方が近かった。然しまだ明けなかった。切れ/″\に、それでも、お君のことを夢に見たと思った。寒かった。彼は顎を胸に折りこんで、背を円るめた。
コツ、コツ……コツ、コツ、コツ……。
冴えていた彼の耳が、何処から来るとも知れないその音を捉えた。耳をそばだてると、その時それが途絶えた。彼は息をひそめた。耳がジーンとなっていた。もの[#「もの」に傍点]ゝすべてが凍《い》てついていた。
コツ、コツ、コツ……コツ……コツ……。
彼は耳を板壁にあてた。――と、それは隣りからだった。然し何の音か分らなかった。彼は反射的に表へ気を配った。それから、ソッと拳をあて、低く、こっちから、コツ、コツ、コツと三つほど打ちかえしてみた。――向うの音がとまった。こんな事をして
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