。一直線に張っていたワイヤーだけが、時々ブランコのように動いた。
涙が鼻に入ってゆくらしく、水鼻がしきりに出た。大工は又「つかみ鼻」をした。それから横ポケットにブランブランしている金槌《かなづち》を取って、仕事にかかった。
大工はひょいと耳をすまして――振りかえって見た。ワイヤ・ロープが、誰か下で振っているように揺れていて、ボクンボクンと鈍い不気味な音は其処《そこ》からしていた。
ウインチに吊された雑夫は顔の色が変っていた。死体のように堅くしめている唇から、泡《あわ》を出していた。大工が下りて行った時、雑夫長が薪《まき》を脇《わき》にはさんで、片肩を上げた窮屈な恰好《かっこう》で、デッキから海へ小便をしていた。あれでなぐったんだな、大工は薪をちらっと見た。小便は風が吹く度に、ジャ、ジャとデッキの端にかかって、はね[#「はね」に傍点]を飛ばした。
漁夫達は何日も何日も続く過労のために、だんだん朝起きられなくなった。監督が石油の空罐《あきかん》を寝ている耳もとでたたいて歩いた。眼を開けて、起き上るまで、やけに罐をたたいた。脚気《かっけ》のものが、頭を半分上げて何か云っている。然《し
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