て飛んだ。
 ともの左舷のウインチがガラガラなっている。皆漁に出ている今、それを動かしているわけ[#「わけ」に傍点]がなかった。ウインチにはそして何かブラ下っていた。それが揺れている。吊《つ》り下がっているワイヤーが、その垂直線の囲りを、ゆるく円を描いて揺れていた。「何んだべ?」――その時、ドキッと来た。
 大工は周章《あわて》たように、もう一度横を向いて「つかみ鼻」をかんだ。それが風の工合でズボンにひっかかった。トロッとした薄い水鼻だった。
「又、やってやがる」大工は涙を何度も腕で拭《ぬぐ》いながら眼をきめた。
 こっちから見ると、雨上りのような銀灰色の海をバックに、突き出ているウインチの腕、それにすっかり身体を縛られて、吊し上げられている雑夫が、ハッキリ黒く浮び出てみえた。ウインチの先端まで空を上ってゆく。そして雑巾《ぞうきん》切れでもひッかかったように、しばらくの間――二十分もそのままに吊下げられている。それから下がって行った。身体をくねらして、もがいているらしく、両足が蜘蛛《くも》の巣にひっかかった蠅《はえ》のように動いている。
 やがて手前のサロンの陰になって、見えなくなった
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