!)――身体が蟹の汁で汚れる、それがそのまま何日も続く、それで虱か南京虫が湧《わ》かない「筈《はず》」がなかった。
褌を解くと、黒い粒々がこぼれ落ちた。褌をしめたあとが、赤くかた[#「かた」に傍点]がついて、腹に輪を作った。そこがたまらなく掻《か》ゆかった。寝ていると、ゴシゴシと身体をやけにかく音が何処からも起った。モゾモゾと小さいゼンマイのようなものが、身体の下側を走るかと思うと――刺す。その度に漁夫は身体をくねらし、寝返りを打った。然し又すぐ同じだった。それが朝まで続く。皮膚が皮癬《ひぜん》のように、ザラザラになった。
「死に虱[#「死に虱」に傍点]だべよ」
「んだ、丁度ええさ」
仕方なく、笑ってしまった。
五
あわてた漁夫が二、三人デッキを走って行った。
曲り角で、急にまがれず、よろめいて、手すりにつかまった。サロン・デッキで修繕をしていた大工が背のびをして、漁夫の走って行った方を見た。寒風の吹きさらしで、涙が出て、初め、よく見えなかった。大工は横を向いて勢いよく「つかみ鼻[#「つかみ鼻」に傍点]」をかんだ。鼻汁が風にあふられて、歪《ゆが》んだ線を描い
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