か》し監督は見ない振りで、空罐をやめない。声が聞えないので、金魚が水際に出てきて、空気を吸っている時のように、口だけパクパク動いてみえた。いい加減たたいてから、
「どうしたんだ、タタき起すど!」と怒鳴りつけた。「いやしくも仕事が国家的である以上、戦争と同じ[#「戦争と同じ」に傍点]なんだ。死ぬ覚悟で働け! 馬鹿野郎」
 病人は皆|蒲団《ふとん》を剥《は》ぎとられて、甲板へ押し出された。脚気のものは階段の段々に足先きがつまずいた。手すりにつかまりながら、身体を斜めにして、自分の足を自分の手で持ち上げて、階段を上がった。心臓が一足毎に無気味にピンピン蹴《け》るようにはね上った。
 監督も、雑夫長も病人には、継子《ままこ》にでも対するようにジリジリ[#「ジリジリ」に傍点]と陰険だった。「肉詰」をしていると追い立てて、甲板で「爪たたき」をさせられる。それを一寸《ちょっと》していると「紙巻」の方へ廻わされる。底寒くて、薄暗い工場の中ですべる足元に気をつけながら、立ちつくしていると、膝《ひざ》から下は義足に触るより無感覚になり、ひょいとすると膝の関節が、蝶《ちょう》つがいが離れたように、不覚にヘナ
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