をはいた。ストオヴの上に落ちると、それがクルックルッと真円《まんまる》にまるくなって、ジュウジュウ云いながら、豆のように跳《は》ね上って、見る間に小さくなり、油煙粒ほどの小さいカス[#「カス」に傍点]を残して、無くなった。皆はそれにウカツな視線を投げている。
「それ、本当かも知れないな」
然し、船頭が、ゴム底タビの赤毛布の裏を出して、ストーヴにかざしながら、「おいおい叛逆《てむかい》なんかしないでけれよ」と云った。
「…………」
「勝手だべよ。糞」吃りが唇を蛸《たこ》のように突き出した。
ゴムの焼けかかっているイヤな臭いがした。
「おい、親爺《おど》、ゴム!」
「ん、あ、こげた!」
波が出て来たらしく、サイドが微《かす》かになってきた。船も子守|唄《うた》程に揺れている。腐った海漿《ほおずき》のような五燭燈でストーヴを囲んでいるお互の、後に落ちている影が色々にもつれて、組合った。――静かな夜だった。ストーヴの口から赤い火が、膝《ひざ》から下にチラチラと反映していた。不幸だった自分の一生が、ひょいと――まるッきり、ひょいと、しかも一瞬間だけ見返される――不思議に静かな夜だった。
「
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