てたまるもんか!」
 吃《ども》りの漁夫が、自分でももどかしく、顔を真赤に筋張らせて、急に、大きな声を出した。
 一寸《ちょっと》、皆だまった。何かにグイと心を「不意」に突き上げられた――のを感じた。
「カムサツカで死にたくないな……」
「…………」
「中積船、函館ば出たとよ。――無電係の人云ってた」
「帰りてえな」
「帰れるもんか」
「中積船でヨク逃げる奴がいるってな」
「んか※[#感嘆符疑問符、1−8−78] ……ええな」
「漁に出る振りして、カムサツカの陸さ逃げて、露助と一緒に赤化宣伝ばやってるものもいるッてな」
「…………」
「日本帝国のためか、――又、いい名義を考えたもんだ」――学生は胸のボタンを外《はず》して、階段のように一つ一つ窪《くぼ》みの出来ている胸を出して、あくびをしながら、ゴシゴシ掻《か》いた。垢《あか》が乾いて、薄い雲母のように剥《は》げてきた。
「んよ、か、会社の金持ばかり、ふ、ふんだくるくせに」
 カキ[#「カキ」に傍点]の貝殻のように、段々のついた、たるんだ眼蓋《まぶた》から、弱々しい濁った視線をストオヴの上にボンヤリ投げていた中年を過ぎた漁夫が唾《つば》
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