て、身体が青黄く、ムクンでいる漁夫が、ドキッ、ドキッとくる心臓の音でどうしても寝れず、甲板に上ってきた。手すりにもたれて、フ糊[#「フ糊」に傍点]でも溶かしたようにトロッとしている海を、ぼんやり見ていた。この身体では監督に殺される。然《しか》し、それにしては、この遠いカムサツカで、しかも陸も踏めずに死ぬのは淋《さび》し過ぎる。――すぐ考え込まさった。その時、網と網の間に、誰かいるのに漁夫が気付いた。
 蟹の甲殻の片《かけら》を時々ふむらしく、その音がした。
 ひそめた声が聞こえてきた。
 漁夫の眼が慣れてくると、それが分ってきた。十四、五の雑夫に漁夫が何か云っているのだった。何を話しているのかは分らなかった。後向きになっている雑夫は、時々イヤ、イヤをしている子供のように、すねているように、向きをかえていた。それにつれて、漁夫もその通り向きをかえた。それが少しの間続いた。漁夫は思わず(そんな風だった)高い声を出した。が、すぐ低く、早口に何か云った。と、いきなり雑夫を抱きすくめてしまった。喧嘩《けんか》だナ、と思った。着物で口を抑えられた「むふ、むふ……」という息声だけが、一寸《ちょっと》
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