りなかった一人が割り込んで行った。
「……んだべよ。四カ月も海の上だ。もう、これんかやれねべと思って……」
 頑丈《がんじょう》な身体をしたのが、そう云って、厚い下唇を時々癖のように嘗《な》めながら眼を細めた。
「んで、財布これさ」
 干柿のようなべったりした薄い蟇口《がまぐち》を眼の高さに振ってみせた。
「あの白首《ごけ》、身体こったらに小せえくせに、とても上手《うめ》えがったどオ!」
「おい、止せ、止せ!」
「ええ、ええ、やれやれ」
 相手はへへへへへと笑った。
「見れ、ほら、感心なもんだ。ん?」酔った眼を丁度向い側の棚の下にすえて、顎《あご》で、「ん!」と一人が云った。
 漁夫がその女房に金を渡しているところだった。
「見れ、見れ、なア!」
 小さい箱の上に、皺《しわ》くちゃになった札や銀貨を並べて、二人でそれを数えていた。男は小さい手帖《てちょう》に鉛筆をなめ、なめ何か書いていた。
「見れ。ん!」
「俺にだって嬶《かかあ》や子供はいるんだで」白首《ごけ》のことを話した漁夫が急に怒ったように云った。
 そこから少し離れた棚に、宿酔《ふつかよい》の青ぶくれにムクン[#「ムクン」に傍
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