は、口を三角形にゆがめると、背のびでもするように哄笑《こうしょう》した。
 これ以上北航しても、川崎船を発見する当がなかった。第三十六号川崎船の引上げで、足ぶみ[#「ぶみ」に傍点]をしていた船は、元の位置に戻るために、ゆるく、大きくカーヴをし始めた。空は晴れ上って、洗われた後のように澄んでいた。カムサツカの連峰が絵葉書で見るスイッツルの山々のように、くっきりと輝いていた。

 行衛不明になった川崎船は帰らない。漁夫達は、そこだけが水|溜《たま》りのようにポツンと空いた棚から、残して行った彼等の荷物や、家族のいる住所をしらべたり、それぞれ万一の時に直ぐ処置が出来るように取り纏《まと》めた。――気持のいいことではなかった。それをしていると、漁夫達は、まるで自分の痛い何処かを、覗《のぞ》きこまれているようなつらさ[#「つらさ」に傍点]を感じた。中積船が来たら托送《たくそう》しようと、同じ苗字《みょうじ》の女名前がその宛《あて》先きになっている小包や手紙が、彼等の荷物の中から出てきた。そのうちの一人の荷物の中から、片仮名と平仮名の交った、鉛筆をなめり、なめり書いた手紙が出た。それが無骨な漁夫の
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