大様な態度で、釣り上がって行く川崎を見ながら、監督が、
「大したもんだ。大したもんだ!」と、独言《ひとりごと》した。
 網さばき[#「さばき」に傍点]をやりながら、漁夫がそれを見ていた。「何んだ泥棒猫! チエンでも切れて、野郎の頭さたたき落ちればえんだ」
 監督は仕事をしている彼らの一人々々を、そこから何かえぐり出すような眼付きで、見下しながら、側を通って行った。そして大工をせっかちなドラ声で呼んだ。
 すると、別な方のハッチの口から、大工が顔を出した。
「何んです」
 見当|外《はず》れをした監督は、振り返ると、怒りッぽく、「何んです? ――馬鹿。番号をけずるんだ。カンナ、カンナ」
 大工は分らない顔をした。
「あんぽんたん、来い!」
 肩巾《かたはば》の広い監督のあとから、鋸《のこぎり》の柄を腰にさして、カンナを持った小柄な大工が、びっこでも引いているような危い足取りで、甲板を渡って行った。――川崎船の第36[#「36」は縦中横]号の「3」がカンナでけずり落されて、「第六[#「第六」に傍点]号川崎船」になってしまった。
「これでよし。これでよし。うッはア、様《ざま》見やがれ!」監督
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