監獄だって、これより悪かったら、お目にかからないで!」
「こんなこと内地《くに》さ帰って、なんぼ話したって本当にしねんだ」
「んさ。――こったら事って第一あるか」
 スティムでウインチがガラガラ廻わり出した。川崎船は身体を空にゆすりながら、一斉に降り始めた。水夫や火夫も狩り立てられて、甲板のすべる足元に気を配りながら、走り廻っていた。それ等のなかを、監督は鶏冠《とさか》を立てた牡鶏《おんどり》のように見廻った。
 仕事の切れ目が出来たので、学生上りが一寸の間風を避けて、荷物のかげに腰を下していると、炭山《やま》から来た漁夫が口のまわりに両手を円く囲んで、ハア、ハア息をかけながら、ひょいと角を曲ってきた。
「生命《えのぢ》的《まと》だな!」それが――心からフイと出た実感が思わず学生の胸を衝《つ》いた。「やっぱし炭山と変らないで、死ぬ思いばしないと、生《え》きられないなんてな。――瓦斯《ガス》も恐《お》ッかねど、波もおっかねしな」
 昼過ぎから、空の模様がどこか変ってきた。薄い海霧《ガス》が一面に――然《しか》しそうでないと云われれば、そうとも思われる程、淡くかかった。波は風呂敷でもつまみ
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