をドライヴしながら考えている。――が、恐らく、それとカッキリ一分も違わない同じ時に、秩父丸の労働者が、何千|哩《マイル》も離れた北の暗い海で、割れた硝子屑《ガラスくず》のように鋭い波と風に向って、死の戦いを戦っているのだ!
 ……学生上りは「糞壺《くそつぼ》」の方へ、タラップを下りながら、考えていた。
「他人事《ひとごと》ではないぞ」
「糞壺」の梯子《はしご》を下りると、すぐ突き当りに、誤字沢山で、

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雑夫、宮口を発見せるものには、バット二つ、手拭一本を、賞与としてくれるべし。
                  浅川監督。
[#ここで字下げ終わり]

 と、書いた紙が、糊代りに使った飯粒のボコボコを見せて、貼《は》らさってあった。

        三

 霧雨が何日も上らない。それでボカされたカムサツカの沿線が、するすると八ツ目|鰻《うなぎ》のように延びて見えた。
 沖合四|浬《かいり》のところに、博光丸が錨《いかり》を下ろした。――三浬までロシアの領海なので、それ以内に入ることは出来ない「ことになっていた」。
 網さばき[#「さばき」に傍点]が終っ
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