させることしかどうにもならないヨロヨロ[#「ヨロヨロ」に傍点]な「梅毒患者」のような船が、恥かしげもなく、上べだけの濃化粧《こいげしょう》をほどこされて、函館へ廻ってきた。日露戦争で、「名誉にも」ビッコにされ、魚のハラワタのように放って置かれた病院船や運送船が、幽霊よりも影のうすい姿を現わした。――少し蒸気を強くすると、パイプが破れて、吹いた。露国の監視船に追われて、スピードをかけると、(そんな時は何度もあった)船のどの部分もメリメリ鳴って、今にもその一つ、一つがバラバラに解《ほ》ぐれそうだった。中風患者のように身体をふるわした。
 然し、それでも全くかまわない。何故《なぜ》なら、日本帝国のためどんなものでも立ち上るべき「秋《とき》」だったから。――それに、蟹工船は純然たる「工場」だった。然し工場法の適用もうけていない。それで、これ位都合のいい、勝手に出来るところはなかった。
 利口な重役はこの仕事を「日本帝国のため」と結びつけてしまった。嘘《うそ》のような金が、そしてゴッソリ重役の懐《ふところ》に入ってくる。彼は然しそれをモット確実なものにするために「代議士」に出馬することを、自動車
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