学生上りは、「ウム、そうか!」と云った。その話にひきつけられていた。――然し暗い気持がして、海に眼をそらした。海はまだ大うねりにうねり返っていた。水平線が見る間に足の下になるかと、思うと、二、三分もしないうちに、谷から狭《せ》ばめられた空を仰ぐように、下へ引きずりこまれていた。
「本当に沈没したかな」独言《ひとりごと》が出る。気になって仕方がなかった。――同じように、ボロ船に乗っている自分達のことが頭にくる。
 ――蟹工船はどれもボロ船だった。労働者が北オホツックの海で死ぬことなどは、丸ビルにいる重役には、どうでもいい事だった。資本主義がきまりきった所だけの利潤では行き詰まり、金利が下がって、金がダブついてくると、「文字通り」どんな事でもするし、どんな所へでも、死物狂いで血路[#「血路」に傍点]を求め出してくる。そこへもってきて、船一艘でマンマ[#「マンマ」に傍点]と何拾万円が手に入る蟹工船、――彼等の夢中になるのは無理がない。
 蟹工船は「工船」(工場[#「工場」に傍点]船)であって、「航船」ではない。だから航海法は適用されなかった。二十年の間も繋《つな》ぎッ放しになって、沈没
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