って、ボロ船だがな」
「一刻と云えないようです」
「うん、それア大変だ」
船長は、舵機室に上るために、急いで、身仕度《みじたく》もせずにドアーを開けようとした。然し、まだ開けないうちだった。いきなり、浅川が船長の右肩をつかんだ。
「余計な寄道せって、誰が命令したんだ」
誰が命令した?「船長」ではないか。――が、突嗟《とっさ》のことで、船長は棒杭《ぼうぐい》より、もっとキョトンとした。然し、すぐ彼は自分の立場を取り戻した。
「船長としてだ」
「船長としてだア――ア※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」船長の前に立ちはだかった監督が、尻上りの侮辱した調子で抑《おさ》えつけた。「おい、一体これア誰の船だんだ。会社が傭船《チアタア》してるんだで、金を払って。もの[#「もの」に傍点]を云えるのア会社代表の須田さんとこの俺だ。お前なんぞ、船長と云ってりゃ大きな顔してるが、糞場の紙位えの価値《ねうち》もねえんだど。分ってるか。――あんなものにかかわってみろ、一週間もフイ[#「フイ」に傍点]になるんだ。冗談じゃない。一日でも遅れてみろ! それに秩父丸には勿体《もったい》ない程の保険がつけてあるんだ。
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