、雨に会うのより、もっと不気味だった。
 麻のロープが鉄管でも握るように、バリ、バリに凍えている。学生上りが、すべる足下に気を配りながら、それにつかまって、デッキを渡ってゆくと、タラップの段々を一つ置きに片足で跳躍して上ってきた給仕に会った。
「チョッと」給仕が風の当らない角に引張って行った。「面白いことがあるんだよ」と云って話してきかせた。
 ――今朝の二時頃だった。ボート・デッキの上まで波が躍り上って、間を置いて、バジャバジャ、ザアッとそれが滝のように流れていた。夜の闇《やみ》の中で、波が歯をムキ出すのが、時々青白く光ってみえた。時化のために皆寝ずにいた。その時だった。
 船長室に無電係が周章《あわ》ててかけ込んできた。
「船長、大変です。S・O・Sです!」
「S・O・S? ――何船だ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
「秩父丸です。本船と並んで進んでいたんです」
「ボロ船だ、それア!」――浅川が雨合羽《あまがっぱ》を着たまま、隅《すみ》の方の椅子に大きく股《また》を開いて、腰をかけていた。片方の靴の先だけを、小馬鹿にしたように、カタカタ動かしながら、笑った。「もっとも、どの船だ
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