キョトンと口を半開きにしているものもいた。誰も、何も考えていなかった。漠然とした不安な自覚が、皆を不機嫌にだまらせていた。
顔を仰向けにして、グイとウイスキーをラッパ飲みにしている。赤黄く濁った、にぶい電燈のなかでチラッと瓶《びん》の角が光ってみえた。――ガラ、ガラッと、ウイスキーの空瓶が二、三カ所に稲妻形に打ち当って、棚から通路に力一杯に投げ出された。皆は頭だけをその方に向けて、眼で瓶を追った。――隅の方で誰か怒った声を出した。時化にとぎれて、それが片言のように聞えた。
「日本を離れるんだど」円窓を肱《ひじ》で拭《ぬぐ》っている。
「糞壺」のストーヴはブスブス燻《くすぶ》ってばかりいた。鮭や鱒と間違われて、「冷蔵庫」へ投げ込まれたように、その中で「生きている」人間はガタガタ顫《ふる》えていた。ズックで覆《おお》ったハッチの上をザア、ザアと波が大股《おおまた》に乗り越して行った。それが、その度に太鼓の内部みたいな「糞壺」の鉄壁に、物凄《ものすご》い反響を起した。時々漁夫の寝ているすぐ横が、グイと男の強い肩でつかれたように、ドシンとくる。――今では、船は、断末魔の鯨が、荒狂う波濤《はと
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