ければならなかった。――「貴様等の一人、二人が何んだ。川崎一|艘《ぱい》取られてみろ、たまったもんでないんだ」――監督は日本語[#「日本語」に傍点]でハッキリそういった。
 カムサツカの海は、よくも来やがった、と待ちかまえていたように見えた。ガツ、ガツに飢えている獅子《しし》のように、えどなみかかってきた。船はまるで兎《うさぎ》より、もっと弱々しかった。空一面の吹雪は、風の工合で、白い大きな旗がなびくように見えた。夜近くなってきた。しかし時化《しけ》は止みそうもなかった。
 仕事が終ると、皆は「糞壺」の中へ順々に入り込んできた。手や足は大根のように冷えて、感覚なく身体についていた。皆は蚕のように、各※[#二の字点、1−2−22]の棚の中に入ってしまうと、誰も一口も口をきくものがいなかった。ゴロリ横になって、鉄の支柱につかまった。船は、背に食いついている虻《あぶ》を追払う馬のように、身体をヤケ[#「ヤケ」に傍点]に振っている。漁夫はあてのない視線を白ペンキが黄色に煤《すす》けた天井にやったり、殆《ほと》んど海の中に入りッ切りになっている青黒い円窓にやったり……中には、呆《ほお》けたように
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