板に這《は》いつくばって働いている雑夫や漁夫の顔や手に突きささった。波が一波甲板を洗って行った後は、すぐ凍えて、デラデラに滑《すべ》った。皆はデッキからデッキへロープを張り、それに各自がおしめ[#「おしめ」に傍点]のようにブラ下り、作業をしなければならなかった。――監督は鮭殺しの棍棒《こんぼう》をもって、大声で怒鳴り散らした。
同時に函館を出帆した他の蟹工船は、何時の間にか離れ離れになってしまっていた。それでも思いっ切りアルプスの絶頂に乗り上ったとき、溺死者《できししゃ》が両手を振っているように、揺られに揺られている二本のマストだけが遠くに見えることがあった。煙草の煙ほどの煙が、波とすれずれに吹きちぎられて、飛んでいた。……波浪と叫喚のなかから、確かにその船が鳴らしているらしい汽笛が、間を置いてヒュウ、ヒュウと聞えた。が、次の瞬間、こっちがアプ、アプでもするように、谷底に転落して行った。
蟹工船には川崎船を八隻のせていた。船員も漁夫もそれを何千匹の鱶《ふか》のように、白い歯をむいてくる波にもぎ[#「もぎ」に傍点]取られないように、縛りつけるために、自分等の命を「安々」と賭《か》けな
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