場でもらしたらしく、一面ひどい臭気だった。褌《ふんどし》もシャツも赭黒《あかぐろ》く色が変って、つまみ上げると、硫酸でもかけたように、ボロボロにくずれそうだった。臍《へそ》の窪《くぼ》みには、垢とゴミが一杯につまって、臍は見えなかった。肛門の周《まわ》りには、糞がすっかり乾いて、粘土のようにこびりついていた。
「カムサツカでは死にたくない」――彼は死ぬときそう云ったそうだった。然し、今彼が命を落すというとき、側にキット誰も看《み》てやった者がいなかったかも知れない。そのカムサツカでは誰だって死にきれないだろう。漁夫達はその時の彼の気持を考え、中には声をあげて泣いたものがいた。
湯灌に使うお湯を貰いにゆくと、コックが、「可哀相にな」と云った。「沢山持って行ってくれ。随分、身体が汚れてるべよ」
お湯を持ってくる途中、監督に会った。
「何処へゆくんだ」
「湯灌だよ」
と云うと、
「ぜいたく[#「ぜいたく」に傍点]に使うな」まだ何か云いたげにして通って行った。
帰ってきたとき、その漁夫は、「あの時位、いきなり後ろから彼奴《あいつ》の頭に、お湯をブッかけてやりたくなった時はなかった!」と
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