は船医の室を出ながら、船医もやはり其処まで行くと、もう「俺達」の味方でなかったことを考えていた。
 その漁夫は、然《しか》し「不思議に」どうにか生命を取りとめることが出来た。その代り、日中でもよく何かにつまずいて、のめる程暗い隅《すみ》に転がったまま、その漁夫がうなっているのを、何日も何日も聞かされた。
 彼が直りかけて、うめき声が皆を苦しめなくなった頃、前から寝たきりになっていた脚気の漁夫が死んでしまった。――二十七だった。東京、日暮里《にっぽり》の周施屋から来たもので、一緒の仲間が十人程いた。然し、監督は次の日の仕事に差支えると云うので、仕事に出ていない「病気のものだけ」で、「お通夜」をさせることにした。
 湯灌《ゆかん》をしてやるために、着物を解いてやると、身体からは、胸がムカーッとする臭気がきた。そして無気味な真白い、平べったい虱《しらみ》が周章《あわ》ててゾロゾロと走り出した。鱗形《うろこがた》に垢《あか》のついた身体全体は、まるで松の幹が転がっているようだった。胸は、肋骨《ろっこつ》が一つ一つムキ出しに出ていた。脚気がひどくなってから、自由に歩けなかったので、小便などはその
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