、片側の壁に片手をつきながら、危い足取りで帰ってきた酔払いが、通りすがりに、赤黒くプクンとしている女の頬《ほっ》ぺたをつッついた。
「何んだね」
「怒んなよ。――この女子《あねこ》ば抱いて寝てやるべよ」
そう云って、女におどけた恰好をした。皆が笑った。
「おい饅頭《まんじゅう》、饅頭!」
ずウと隅《すみ》の方から誰か大声で叫んだ。
「ハアイ……」こんな処ではめずらしい女のよく通る澄んだ声で返事をした。「幾《なん》ぼですか?」
「幾《なん》ぼ? 二つもあったら不具《かたわ》だべよ。――お饅頭、お饅頭!」――急にワッと笑い声が起った。
「この前、竹田って男が、あの沖売の女ば無理矢理に誰もいねえどこさ引っ張り込んで行ったんだとよ。んだけ、面白いんでないか。何んぼ、どうやっても駄目だって云うんだ……」酔った若い男だった。「……猿又《さるまた》はいてるんだとよ。竹田がいきなりそれを力一杯にさき取ってしまったんだども、まだ下にはいてるッて云うんでねか。――三枚もはいてたとよ……」男が頸《くび》を縮めて笑い出した。
その男は冬の間はゴム靴会社の職工だった。春になり仕事が無くなると、カムサツカへ
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