裏で鋭い叫び声が起る。すると、人の肉が焼ける生ッ臭い匂いが流れてきた。
「やめた、やめた。――とても飯なんて、食えたもんじゃねえや」
 箸を投げる。が、お互暗い顔で見合った。
 脚気《かっけ》では何人も死んだ。無理に働かせるからだった。死んでも「暇がない」ので、そのまま何日も放って置かれた。裏へ出る暗がりに、無雑作にかけてあるムシロの裾《すそ》から、子供のように妙に小さくなった、黄黒く、艶《つや》のない両足だけが見えた。
「顔に一杯|蠅《はえ》がたかっているんだ。側を通ったとき、一度にワアーンと飛び上るんでないか!」
 額を手でトントン[#「トントン」に傍点]打ちながら入ってくると、そう云う者があった。
 皆は朝は暗いうちに仕事場に出された。そして鶴嘴《つるはし》のさきがチラッ、チラッと青白く光って、手元が見えなくなるまで、働かされた。近所に建っている監獄で働いている囚人の方を、皆はかえって羨《うらやま》しがった。殊《こと》に朝鮮人は親方、棒頭《ぼうがしら》からも、同じ仲間の土方(日本人の)からも「踏んづける」ような待遇をうけていた。
 其処から四、五里も離れた村に駐在している巡査が、それでも時々手帖をもって、取調べにテクテクやってくる。夕方までいたり、泊りこんだりした。然し土方達の方へは一度も顔を見せなかった。そして、帰りには真赤な顔をして、歩きながら道の真中を、消防の真似《まね》でもしているように、小便を四方にジャジャやりながら、分らない独言を云って帰って行った。
 北海道では、字義通り、どの鉄道の枕木もそれはそのまま一本々々労働者の青むくれた「死骸」だった。築港の埋立には、脚気の土工が生きたまま「人柱[#「人柱」に傍点]」のように埋められた。――北海道の、そういう労働者を「タコ[#「タコ」に傍点](蛸)」と云っている。蛸は自分が生きて行くためには自分の手足をも食ってしまう。これこそ、全くそっくりではないか! そこでは誰をも憚《はばか》らない「原始的」な搾取が出来た。「儲《もう》け」がゴゾリ、ゴゾリ掘りかえってきた。しかも、そして、その事を巧みに「国家的[#「国家的」に傍点]」富源の開発[#「富源の開発」に傍点]ということに結びつけて、マンマと合理化していた。抜目がなかった。「国家」のために、労働者は「腹が減り」「タタき殺されて」行った。
「其処《あこ》から生き
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