て帰れたなんて、神助け事だよ。有難かったな! んでも、この船で殺されてしまったら、同じだべよ。――何アーんでえ!」そして突調子《とっぴょうし》なく大きく笑った。その漁夫は笑ってしまってから、然し眉《まゆ》のあたりをアリアリと暗くして、横を向いた。
鉱山《やま》でも同じだった。――新しい山に坑道を掘る。そこにどんな瓦斯《ガス》が出るか、どんな飛んでもない変化が起るか、それを調べあげて一つの確針をつかむのに、資本家は「モルモット」より安く買える「労働者」を、乃木軍神がやったと同じ方法で、入り代り、立ち代り雑作なく使い捨てた。鼻紙より無雑作に! 「マグロ」の刺身のような労働者の肉片が、坑道の壁を幾重にも幾重にも丈夫にして行った。都会から離れていることを好い都合にして、此処でもやはり「ゾッ」とすることが行われていた。トロッコで運んでくる石炭の中に拇指《おやゆび》や小指がバラバラに、ねばって交ってくることがある。女や子供はそんな事には然し眉を動かしてはならなかった。そう「慣らされていた」彼等は無表情に、それを次の持場まで押してゆく。――その石炭[#「その石炭」に傍点]が巨大な機械を、資本家の「利潤」のために動かした。
どの坑夫も、長く監獄に入れられた人のように、艶《つや》のない黄色くむくんだ、始終ボンヤリした顔をしていた。日光の不足と、炭塵《たんじん》と、有毒ガスを含んだ空気と、温度と気圧の異常とで、眼に見えて身体がおかしくなってゆく。「七、八年も坑夫をしていれば、凡《およ》そ四、五年間位は打《ぶ》ッ続けに真暗闇《まっくらやみ》の底にいて、一度だって太陽を拝まなかったことになる、四、五年も!」――だが、どんな事があろうと、代りの労働者を何時でも沢山仕入れることの出来る資本家には、そんなことはどうでもいい事であった。冬が来ると、「やはり」労働者はその坑山に流れ込んで行った。
それから「入地百姓」――北海道には「移民百姓」がいる。「北海道開拓」「人口食糧問題解決、移民奨励」、日本少年式な「移民成金」など、ウマイ事ばかり並べた活動写真を使って、田畑を奪われそうになっている内地の貧農を煽動《せんどう》して、移民を奨励して置きながら、四、五寸も掘り返せば、下が粘土ばかりの土地に放り出される。豊饒《ほうじょう》な土地には、もう立札が立っている。雪の中に埋められて、馬鈴薯も食えずに、
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