煙草|無《ね》えか?」
「無え……」
「無えか?……」
「なかったな」
「糞」
「おい、ウイスキーをこっちにも廻せよ、な」
 相手は角瓶《かくびん》を逆かさに振ってみせた。
「おッと、勿体《もったい》ねえことするなよ」
「ハハハハハハハ」
「飛んでもねえ所さ、然し来たもんだな、俺も……」その漁夫は芝浦の工場にいたことがあった。そこの話がそれから出た。それは北海道の労働者達には「工場[#「工場」に傍点]」だとは想像もつかない「立派な処[#「立派な処」に傍点]」に思われた。「ここの百に一つ位のことがあったって、あっちじゃストライキだよ」と云った。
 その事から――そのキッかけで、お互の今までしてきた色々のことが、ひょいひょいと話に出てきた。「国道開たく工事」「灌漑《かんがい》工事」「鉄道敷設」「築港埋立」「新鉱発掘」「開墾」「積取人夫」「鰊《にしん》取り」――殆《ほと》んど、そのどれかを皆はしてきていた。
 ――内地では、労働者が「横平《おうへい》」になって無理がきかなくなり、市場も大体開拓されつくして、行詰ってくると、資本家は「北海道・樺太へ!」鉤爪《かぎづめ》をのばした。其処《そこ》では、彼等は朝鮮や、台湾の殖民地と同じように、面白い程無茶な「虐使」が出来た。然し、誰も、何んとも云えない事を、資本家はハッキリ呑み込んでいた。「国道開たく」「鉄道敷設」の土工部屋では、虱《しらみ》より無雑作に土方がタタき殺された。虐使に堪《た》えられなくて逃亡する。それが捕《つか》まると、棒杭《ぼうぐい》にしばりつけて置いて、馬の後足で蹴《け》らせたり、裏庭で土佐犬に噛《か》み殺させたりする。それを、しかも皆の目の前でやってみせるのだ。肋骨《ろっこつ》が胸の中で折れるボクッ[#「ボクッ」に傍点]とこもった[#「こもった」に傍点]音をきいて、「人間でない」土方さえ思わず顔を抑えるものがいた。気絶をすれば、水をかけて生かし、それを何度も何度も繰りかえした。終《しま》いには風呂敷包みのように、土佐犬の強靱《きょうじん》な首で振り廻わされて死ぬ。ぐったり広場の隅《すみ》に投げ出されて、放って置かれてからも、身体の何処かが、ピクピクと動いていた。焼火箸《やけひばし》をいきなり尻にあてることや、六角棒で腰が立たなくなる程なぐりつけることは「毎日[#「毎日」に傍点]」だった。飯を食っていると、急に、
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