血の滲《にじ》むような日が滅茶苦茶に続く。同じ日のうちに、今までより五、六割も殖《ふ》えていた。然し五日、六日になると、両方とも気抜けしたように、仕事の高がズシ、ズシ減って行った。仕事をしながら、時々ガクリと頭を前に落した。監督はものも云わないで、なぐりつけた。不意を喰《く》らって、彼等は自分でも思いがけない悲鳴を「キャッ!」とあげた。――皆は敵《かたき》同志か、言葉を忘れてしまった人のように、お互にだまりこくって働いた。もの[#「もの」に傍点]を云うだけのぜいたくな「余分」さえ残っていなかった。
 監督は然し、今度は、勝った組に「賞品」を出すことを始めた。燻《くすぶ》りかえっていた木が、又燃え出した。
「他愛のないものさ」監督は、船長室で、船長を相手にビールを飲んでいた。
 船長は肥えた女のように、手の甲にえくぼ[#「えくぼ」に傍点]が出ていた。器用に金口《きんぐち》をトントンとテーブルにたたいて、分らない笑顔《えがお》で答えた。――船長は、監督が何時でも自分の眼の前で、マヤマヤ邪魔をしているようで、たまらなく不快だった。漁夫達がワッと事を起して、此奴をカムサツカの海へたたき落すようなことでもないかな、そんな事を考えていた。
 監督は「賞品」の外に、逆に、一番働きの少いものに「焼き」を入れることを貼紙《はりがみ》した。鉄棒を真赤に焼いて、身体にそのまま当てることだった。彼等は何処まで逃げても離れない、まるで自分自身の影のような「焼き」に始終追いかけられて、仕事をした。仕事が尻上《しりあが》りに、目盛りをあげて行った。
 人間の身体には、どの位の限度があるか、然しそれは当の本人よりも監督の方が、よく知っていた。――仕事が終って、丸太棒のように棚《たな》の中に横倒れに倒れると、「期せずして」う、う――、うめいた。
 学生の一人は、小さい時は祖母に連れられて、お寺の薄暗いお堂の中で見たことのある「地獄」の絵が、そのままこうであることを思い出した。それは、小さい時の彼には、丁度うわばみ[#「うわばみ」に傍点]のような動物が、沼地ににょろ[#「にょろ」に傍点]、にょろ[#「にょろ」に傍点]と這《は》っているのを思わせた。それとそっくり同じだった。――過労がかえって皆を眠らせない。夜中過ぎて、突然、硝子《ガラス》の表に思いッ切り疵《きず》を付けるような無気味な歯ぎしりが起った
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