に覚えられてしまった。何かすると、すぐそれを歌い出した。そして歌ってしまってから、「えッ、畜生!」と、ヤケに叫んだ、眼だけ光らせて。
漁夫達は寝てしまってから、
「畜生、困った! どうしたって眠《ね》れないや」と、身体をゴロゴロさせた。「駄目だ、伜[#「伜」に傍点]が立って!」
「どうしたら、ええんだ!」――終《しま》いに、そう云って、勃起《ぼっき》している睾丸《きんたま》を握りながら、裸で起き上ってきた。大きな身体の漁夫の、そうするのを見ると、身体のしまる[#「身体のしまる」に傍点]、何か凄惨《せいさん》な気さえした。度胆《どぎも》を抜かれた学生は、眼だけで隅《すみ》の方から、それを見ていた。
夢精[#「夢精」に傍点]をするのが何人もいた。誰もいない時、たまらなくなって自涜[#「自涜」に傍点]をするものもいた。――棚《たな》の隅にカタ[#「カタ」に傍点]のついた汚れた猿又や褌《ふんどし》が、しめっぽく、すえ[#「すえ」に傍点]た臭《にお》いをして円《まる》められていた。学生はそれを野糞のように踏みつけることがあった。
――それから、雑夫の方へ「夜這《よば》い」が始まった。バットをキャラメルに換えて、ポケットに二つ三つ入れると、ハッチを出て行った。
便所臭い、漬物樽《つけものだる》の積まさっている物置を、コックが開けると、薄暗い、ムッとする中から、いきなり横ッ面でもなぐられるように、怒鳴られた。
「閉めろッ! 今、入ってくると、この野郎、タタキ殺すぞ!」
× × ×
無電係が、他船の交換している無電を聞いて、その収獲を一々監督に知らせた。それで見ると、本船がどうしても負けているらしい事が分ってきた。監督がアセリ[#「アセリ」に傍点]出した。すると、テキ[#「テキ」に傍点]面にそのことが何倍かの強さになって、漁夫や雑夫に打ち当ってきた。――何時《いつ》でも、そして、何んでもドン詰りの引受所が「彼等」だけだった。監督や雑夫長はわざと「船員」と「漁夫、雑夫」との間に、仕事の上で競争させるように仕組んだ。
同じ蟹《かに》つぶしをしていながら、「船員に負けた」となると、(自分の儲《もう》けになる仕事でもないのに)漁夫や雑夫は「何に糞ッ!」という気になる。監督は「手を打って」喜んだ。今日勝った、今日負けた、今度こそ負けるもんか――
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