母の「佛樣」と云ふのは死んだ父の事だつた。奇麗好きな母が、こんなにハンカチを汚してゐることが彼の胸をついた。母は然し、何時ものやうにワケも分らない事をクド/\云つて、すゝり上げた。彼は外方を向いてゐた。その合間に、彼の着物の襟の折れてゐるのを、手をのべて直してくれた。彼はぎこちなく首を曲げて、ぢつとしてゐた。[#「ゐた。」は底本では「ゐた」]母の匂ひを直接に顏に感じた。
 留置場に歸つて、母の差入れてくれたものを解いてみた。色々なものゝ中に交つて、紫色した小さい角瓶の眼藥が出てきた。佐多が家にゐたとき、何時でも眠る前に眼藥を差す習慣があつた。
「やつぱりお母アさ。面會はお母アか?」隣りで、着物を解くのを見てゐた不良少年が、それを見て口を入れた。「俺にだつて、お母アはゐるんだよ。」
 佐多はそれから四五日して警察を出された。
 彼は、自分でも自分が分らない氣持で外へ出た。――だが、確かに、それは外だつた。明るい雪に「輝いて[#「「輝いて」はママ]ゐる外にちがひなかつた。彼は外へ出た瞬間目まひを感じた。とにかく「外」だ!○○の家がある。××屋がある。×××橋がある。どれも皆見覺えがある。空
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