。彼には渡の氣持が直接《ぢか》に胸にくる氣がした。
佐多には、それが何時でも待たれる樂しみだつた。きまつて夕暮だつた。佐多は何時もなら、そんな歌は彼がよく輕蔑して云ふ言葉で「民衆藝術」と片付けてしまつたものだつた。それがガラリと變つてしまつた。然し又歌でなくても、外を歩く人の單純なカラ/\といふ音、雪道のギユン/\となる音、さういふものにも、よく聞いてみて複雜な階調のあるのを初めて知つたり、何處からか分らないボソ/\した話聲に不思議な音樂的なデリケートなニユウアンスを感じたりした。天井に雪が降る微かにサラ/\する音に一時間も――二時間も聞き入つた。すると、それに色々な幻想が入り交り、彼の心を退屈から救つてくれた。彼は何も要らなかつた。「音」が欲しかつた[#「欲しかつた」は底本では「欲しがつた」]。彼の心が少しでもまだ「生物」である證據として、動くことがあるとすれば、それは「音」に對してだけだつた。一緒にゐる不良少年の女をひつかける話や、浮浪者の慘めな生活などは、何時もならキツト佐多の興味をひいた。が、それは二三日すると、もう嫌になつてしまつてゐた。
小樽の一つの名物として「廣告屋」
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