、丁度大人に[#「大人に」は底本では「大人の」]肩をフンづかまれて、ゆすぶられる子供のやうに、取調べを進められた。鈴本は、これは危いぞ、と思つた。が、自分が一つ一つの取調べにどう答へてゐるか、自分で分らなかつた。

 佐多が入れられた留置場には色々なことで引張られてきてゐる四五人がゐた。それは留置場の一番端しの並びにあつて、取調室がすこし離れてその斜め前にあつた。
 彼は警察につれて來られたとき、自分達は偉大な歴史的使命を眞に勇敢にやろうとしてゐたゝめに、かうされるのだ、と繰り返し、繰り返し思つて、自分に納得を與へやうとした。然し彼の氣持はそれとはまるつきり逆に心から參つてしまつてゐた。そして留置場に入つたとき、彼は自分の一生が取返しがつかなく暗くなつた、と思つた。崖の方へ突進してゆく自動車を、もうどうにも運轉出來ず、アツと思つて、手で顏を覆ふ、その瞬間に似た氣持を感じた。その殆んど絶對的な氣持の前には、彼が今迄讀んだレーニンもマルクスも無かつた。「取りかへしがつかない、取りかへしがつかない。」それだけが昆布卷きのやうに、彼の全部を幾重にも包んでしまつた。
 それに、この塵芥《ごみ》箱
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