つた。
「あ――あ、極樂だ。」襟で口を抑へられたボソ/\した聲だつた。
「地獄の極樂。」
 か飛んでも[#「か飛んでも」はママ]なく離れた方から、「い――い夢見たい。」
「寢ろ/\。」
「女でも抱いたつもりでか。」
「こんな處で、それを云ふ奴があるか。」
「あゝ抱きたい。」
「馬鹿だな、誰だい。」
「何が馬鹿だ……。」
「寢ろ/\。」
 そんな言葉が時々間を置いて、思ひ/\にあつち、こつちから起つた。それがだん/\緩く、途切れ勝ちになつて行つた。二十分もすると、思ひ出したやうに、寢言らしい言葉が出る位になつてしまつた。――そして靜かになつた。
 演武場の外は、淋しい暗がりの多い通りだつた。それであまり人通りは無かつたが、時々下駄が寒氣《しばれ》のひどい雪道をギユン/\ならして通つて行くのが、今度は耳についてきた。署内で、誰かゞ遠くで呼んでゐる聲が、それがそれより馬鹿に遠くからといふ風に聞えた。
「眠れるか。」
 龍吉は眠れないので、一緒に寢てゐる齋藤にそつと言葉をかけてみた。齋藤は動かなかつた。眠つてゐた。[#「ゐた。」は底本では「ゐた」]もう眠つたのかと思ふと、それが如何にも齋藤らし
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