働者。」「巡査さん、山田町の吉田キヨといふ人妻は、男を三人持つてゐて、サツク持參で一日置きに廻つて歩いてるさうだ。探査を望む」「お前もその一人か。」「妻と子あり、飢えてゐる。俺はこの社會を憎む。」「ウン、大いに憎め。」「働け。」「働け? 働いて樂になる世の中だか考へてかう云へ、馬鹿野郎。」「社會主義××。」……
 渡は何時でも入つてくる度に、何か書いてゆくことにしてゐた。今迄に、さう決めてからは、何度もやつてゐた。
「俺はとう/\巡査の厄介になつたよ。悲しい男。」「巡査の嬶で、生活苦のために一回三圓で淫賣をしてゐるものが小樽に八人ゐる。穴知り生。」
 渡はさう書かれてゐる次の空いてゐる壁に、爪で深く傷をつけながら丹念に樂書を始めた。熱中すると知らないうちに餘程の時間を消すことが出來た。それは畫でも描いてゐるやうな氣持で出來る愉快な仕事だつた。成るべく長く書かうと思つた。彼は肩先きに力を入れて仕事にとりかゝつた。熱中したときの癖で、何時の間にか彼は舌を横に出して、一生懸命一字々々刻んで行つた。
   おい、皆聞け!(以下三十三行削除)

 かなり長い時間それにかゝつた。渡は讀み返へしてみ
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