云つてよかつた。それに彼はがんばり[#「がんばり」に傍点]の意志を持つてゐた。裏も表もなくムキ出しにされてゐた彼の、その「がんばり」はある時には大黒柱のやうに頼りにされたが、別な場合には他の組合員の狂犬のやうな反感をムラ/\ツとひき起すこともなくはなかつた。
彼は前へすぐ下る髮を、頭を振つて、うるさげに拂ひあげながら、一人ゐる留置場を歩き廻つた。彼の長くない、太い足は柔道をやる人のやうに外に曲がつてゐた。それで彼の上體はかへつて土臺のしつかりしたものに乘つてゐるといふ感じを與へた。彼は一歩々々踵に力を入れて、ゆつくり歩く癖があつた。彼の靴は一番先きに、踵の外側だけが、癖の惡い人に使はれた墨のやうに斜めに減つた。彼は歩きながら同志の者たちはどうしてゐるだらふ、と思つた。[#「思つた。」は底本では「思つた」]誰かかういふ彈壓に恐怖を抱くものがあつては、その事が一番彼の考へを占めた。若しも長びくやうだつたら、それがもつと工合惡くなる、彼はそれに對する策略を考へてみた。
壁には爪や、鉛筆のやうなもので、色々な樂書がしてあつた。退屈になると、渡は丹念にそれを拾ひ、拾ひ讀んだ。[#「讀んだ。」
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