される殘念さがジリ/\歸つてきた。が正直に云つて――又不思議に、渡には、それ等の事は眠りに落ちやうとする間際に、ひよい、ひよいと聯絡もなく、淡く浮かんだり[#「浮かんだり」は底本では「浮んかだり」]消えたりする無意味なものゝやうでしかなかつた。
渡は口笛を吹いて歩きながら、板壁を指でたゝいてみたり、さすつてみたりした。彼は實になごやかな氣持だつた。監獄に入れられて沈んだり憂鬱になつたりする。さういふ氣持はちつとも渡は知らなかつた。然しもつと重大な事は、自分達は正しい歴史的な使命を勇敢にやつてゐるからこそ、監獄にたゝき込まれるんだ、といふ事が渡の場合苦しい苦しいから跳ね返す、跳ね返さずにはゐられないその氣持と理窟なしに一致してゐた。彼は、自分の主義主張がコブのやうに自分の氣儘な行動をしばりつけてゐるやうな窮屈さや、それに對する絶えない良心の苛責などは嘗つて感じなかつた。渡は、自分ではちつとも、何も犧牲を拂つてゐるとは思つてゐないし、社會的正義のために俺はしてゐるんだぞ、とも思つてゐない。生のまゝの「憎い、憎い!」さう思ふ彼の感情から、少しの無理もなくやつてゐた。これは彼の底からの氣持と
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