龍吉は勤めといふ引つかゝはりが無くなると、運動の方へもつと積極的に入り込んで行つた。それからスパイがよく家へやつてくるやうになつた。お惠は店先をウロ/\してゐる見なれない男を見ると、寒氣を感じた。それだけなら、だが、まだまだよかつた。さういふ男が標札を見ながら家へ入つてくると、「一寸警察まで來てくれ。」さう云つて龍吉を引張つてゆくことがあつた。夫が二人位の和服に守られて家を出てゆく、それは見て居れない情景だつた。行つてしまつてからは、變に物淋しいガランドウ[#「ガランドウ」に傍点]な氣持が何時迄も殘つた。お惠は人より心臟が弱いのか、さういふことのあつた時は、何時迄もドキ[#「ドキ」に傍点]ついた鼓動がとまらなかつた。お惠は胸を押へたまゝ、紙のやうに白くなつた顏をして、家の中をウロ/\した。
――それは全くお惠には、さう仲々慣れきれる事の出來ないことだつた。何度も――何度やつてきても、お惠は初めてのやうに驚かされたし、ビク/\したし、周章てた。そして又その度に夫に云はれたりした。然し女には、それはどうしても強過ぎる打撃だつた。お惠にはさうだつた。
三月十五日の未明に、寢てゐる處を
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