。皆元氣か。」何時もの、高くない底のある聲だつた。
「元氣だ。――うむ、獨りか。」獨り、といふのが齋藤の胸に來た。
 少し遲れて附いてきた巡査が寄つてきたので、
「元氣で居れ。」と云つて、歩き出した。
 歩きながら、何故か、これは危いぞ、と思つた。室に歸つてから、齋藤はその事を龍吉に云つた。龍吉はだまつたまゝ、それが何時もの癖である下唇をかんだ。
 石田は、渡とは便所で會つた。言葉を交はすことは出來なかつたが、がつしり落付いた、鋼のやうに固い、しつかりした彼の何時もの表情を見た。
「おい、バンクロフトつて知つてるか。」石田が齋藤にきいた。
「バンクロフト? 知らない。コンムユニストか?」
「活動役者だよ。」
「そんなぜいたく[#「ぜいたく」に傍点]もの知るもんかい。」
 石田は渡に會つたとき、ひよいと「暗黒街」といふ活動寫眞で見た、巨賊に扮した、バンクロフトを[#「バンクロフトを」は底本では「パルクロフトを」]思ひ出した。渡――バンクロフト[#「バンクロフト」は底本では「パンクロフト」]、それが不思議なほど、ピツタリ一緒に石田の頭に燒付いた。

 渡は、自分が獨房に入れられたとき、(最
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