つた。
 彼は、人をふんだり、蹴つたりする巡査らしくない親しみを感じ、ひよつとすると、それが彼の素地であるかも知れないものを其處に見た氣がして、意外に思つた。
「實際、ご苦勞さんだ。」
 皮肉でなく、さう云つてやつた。
 齋藤は「ご苦勞――を。」と、ブツ切ら棒に捨科白のやうに巡査の後に投げつけた。
 外の巡査が皆出てしまうと、須田巡査が、
「何か自家《うち》にことづけ[#「ことづけ」に傍点]が無いか」とひくゝ訊いた。
 龍吉は一寸何も云へずに、思はず須田の顏を見た。
「いゝや、別に――有難う……。」
 須田は頭でうなづいて出て行つた。少し前こゞみな官服の圓い肩が、妙に貧相に見えた。
「あ――あ、煙草飮みたいなア。」誰かゞ獨言のやうに云つた。
「もう、夜が明けるぞ……」

         六

 龍吉と一緒の室にゐた齋藤が便所に行く途中、廊下の突き當りの留置場の前で、
「おい。」――と、その留置場にゐる誰かに呼ばれた、と思つた。
 齋藤は足をとゞめた。
「おい。」――聲が渡だつた。小さい窓へ、内から顏をあてゝゐるのが、さう云へば渡だつた。
「渡か、俺だ。――何んだ、獨りか?」
「獨りだ
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