亂れて、誰か腕をとられながら、何か云ひ爭ふやうにして前を通つて行つた。それが終ると、もとの夜明らしい何處か變態的な靜けさにかへつた。誰か、やつぱり短い生あくびをして、表を通り過ぎて行つた。
「寢むてえ。寢せてけないのか。」
ボソ/\した調子で、片隅からさう云ふのが聞えた。
「もう夜明けだ。夜が明けるよ。」
巡査も寢不足の、はれぼつたい、ぼんやりした顏をしてゐた。
龍吉は板壁に身體を寄りかゝらせて、眼をつぶつてゐた。身體も神經も妙に疲れきつてゐた。ぢつと、さうしてゐると、船にでも乘つてゐるやうに、自分の身體が靜かに巾大きく、搖れてゐるやうに感じた。彼は檢束された時、何時でもさうする癖をつけてゐたやうに、取りとめのないことの空想や、想像や、思ひ出やに疲れてくると、一度讀んだ事のある重要な本の復習や、そこから出てくる問題を頭の中で理論的に筋道をつけて考へることに決めてゐた。又組合や黨などで論爭された自分の考などについて、もう一度始めから清算してみることにしてゐた。それを始めた。
龍吉は、この前の研究會の時、マルクスの價値説とオーストリア學派の限界効用説に就いて起つた議論を、自分が考へ
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