、又讀んだことのある本の中から材料を探がしてきて、もう一度考へ直さうと思つてゐた……。
 彼はすつかりアワを食つてゐた。ズボンをはきながら、のめつたり、よろめいたり、自分ながらさういふ自分に不快になるのを感じさへした。然し、彼は襖一重隣の室で自分を待つてゐる巡査の、カチヤ/\するサアベルの音が幸子の耳に聞える、今にも聞える、さう思つて、ハラ/\してゐた。彼はその音が幸子に聞えれば、幸子の「心」にひゞが入ることを知つてゐた。
「お父さんはねえ、學校の人と一緒に旅行へ行くんだよ。」
 幸子が黒い大きな眼をパツチリ、つぶらに開いて、彼を見上げる。
「おみやに何もつてきて?」
 彼はグツとこたえた。が「うん/\、いゝものどつさり。」
 と、幸子が襖の方へ、くるりと頭を向けた。彼はいきなり兩手で自分の頭を押へた。ピーン、陶器の割れるその音を、彼はたしかにきいた。彼は、アツと、内にこもつた叫聲をあげて、かけ寄ると、急いで幸子の[#「幸子の」は底本では「禮子の」]懷を開けてみた。乾萄葡をつけたやうな二つの乳首の間に、陶器の皿のやうな心がついてゐる――見ると、髮の毛のやうなヒビが、そこに入つてゐるでは
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