、澤山の人が歩いてゐたし、鈴をつけた馬橇、自動車、乘合自動車はしきりなしに往つたり來たりしてゐた。明るい店のシヨウ・ウインドウに、新婚らしい二人連れが顏を近く寄せて、何か話してゐた。――温かさうなコートや角卷の女、厚い駱駝のオーヴアに身體をフカ/\と包んだ男、用達しの小僧、大きな空の辨當箱をさげたナツパ服、子供……それ等が皆、肩と肩とを擦り合せ、話し合ひ、急ぎ足であつたり、ブラ/\であつたり、歩いてゐる。お惠は不思議な氣持がしてくるのを覺えた。今、この同じ××の市であんなに大きな事件が起き上つてゐる。然し、それと此處は何んといふ無關係であらう。それでいゝのだらうか。あの何十人――何百人かの人達が、全く自分等の身體を投げてかゝつてゐる、誰れでものためでない、無産大衆のためにやつてゐるそのことが、こんなに無關係であつていゝと云ふのだらうか――お惠は分らなくなつた。こゝには、そのちよツぴりした餘波さへ來てゐない氣がした。政府が新聞に差止めしてゐるズルイ方法のためがあつたかも知れない。ずるい方法だ! 然しどの顏も、そのどの態度も皆明るく、滿足し、皆てんでの行先きに急いでゐるやうに思はれた。
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