つたと思つた。
然し檢束のために、警官がやつて來たのは、十七日の夜、佐多が夕刊を讀んでゐた處だつた。佐多はイザとなつたとき、自分でも案外な覺悟と落着きが出來てゐた。
彼は活動寫眞や古い芝居で、よく「腰をぬかす」滑稽な身振りを見て笑つた。然し! 彼が外套を取りに行つて二階から下りてきた時だつた。彼は室の片隅の方にぺつたりへたばつたまゝ、手と足だけをバタ/\やつてゐる母親を見たのだつた! 唇がワナ/\動いて、何か一生懸命ものを云はうとしてゐるらしく、然し何も云へず、サツと凄い程血の氣の無くなつた顏がこはゞつて、眼だけがグル/\動いてゐる。手と足は何かにつかまらうとしてゐるやうに振つてゐる。然し母親の身體はちつとも動かないではないか。佐多は障子を半分開きかけたそのまゝの恰好で、丸太棒のやうに立ちすくんでしまつた。
佐多は三人の警官に守られながら外へ出た。彼は道々母のことを考へ、警官に見られないやうに、獨りで長い間泣いてゐた。
お惠は工藤の家からの歸り、市の一番賑やかな花園町大通りを歩いてきた。まだ暮れたばかりの夜だつた。そんなに寒氣《しばれ》がきびしくなかつた。街には何時ものやうに
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