なつてきた。母親はその度に同じことをボソ/\云つた。――お前一人がどうしやうが、どうにもなるものぢやない、若しもの事があり、食へなくなつたらだうする、お前は世間の人達の恐れてゐるやうなそんな事をする人間ではなかつた筈だ、キツト何んかに馮かれてゐるんだ、お母さんは毎日お前のために神樣や、死んだお父さんにお祈りしてゐる……。佐多はイライラしてくると、
「お母さんには分らないんだ。」と、半分泣きさうになつてゐる聲で、どなつた。
「それより、お母さんにはお前の心が分らないよ。」母は肩をすぼめて、弱々しく云つた[#「云つた」は底本では「行つた」]。
 佐多は面倒になると、母を殘して二階をドン/\降りてしまつた。降りても然し、佐多の氣持はなごまなかつた。俺をこんなに意氣地なくするのは母だ、「母親なんて案外大きな俺たちの敵なのだ。」彼は興奮した心で考へた。
 その後で、もう一度さういふ事があつた。佐多はムツとして立ち上ると、
「分つた、分つた、分つたよ! もういゝ、澤山だ!」いきなり叫んだ。「もうやめたよ。お母さんの云ふやうに、やめるよ。いゝんだらう。やめたらいゝんだらう。やめるよ、やめるよ! うる
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