]にうづまつた――ひげの中から顏が出てゐる、のを指差した。佐多は曖昧に[#「曖昧に」は底本では「曖眛に」]ふくみ笑つた。
「お前、別に何んでもないかい。」
何處から聞いてくるか、然しハツキリではなく、こんな云ひ方をすることもあつた。表紙の眞赤な本が殖えてきたのにも氣づいてゐた。勞農黨××支部、さういふ裏印を押した手紙がくると、母親は獨りで周章てゝ、自分の懷にしまひ込んだ。佐多が歸つてくると、何か祕密な恐ろしいものでゝもあるやうに、それを出して渡した。「お前、そのう、主義者《しぎしや》だか、なんだかになつたんでないだらうねえ。」
佐多は、母親がだん/\浮かないやうな顏をする日が多くなり、夜など朝まで寢がへりをうつて、寢られずにゐるのを知つた。佛壇の[#「佛壇の」は底本では「佛檀の」]前に坐つて、泣いてゐるのも、何度も見た。それが皆自分のことからである、とハツキリ思つた。特別な事情で育てられてきた佐多には、さういふ母を見ることは心臟に鶴嘴を打ち込まれる氣がした。龍吉やお惠は隨分佐多から、この事では相談されたことがあつた。
佐多が二階にゐると、時々母が上つてきた。その回數がだん/\多く
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