とばかりを考へ、豫想し、それだけの理由で苦しさに堪えてきた。
毎日會社に通ふ。――月末にちやん/\と月給が入つてくる。――このキチンとした生活を長い間母親は待つてゐたのだ。佐多が學校を出て、就職がきまり、最初の月給を「袋のまゝ」受取つたとき、母親はそれを膝の上にのせたまゝ、ぢいツとしてゐた。が、しばらくすると母親の身體が、見えない程小刻みに、顫えてきた。母親は何度も、何度も[#「何度も」は底本では「何も」]袋を自分の額に押しあてた。佐多は矢張り變な興奮と、逆に「有りふれて、古い、古い。」と思ひながら、二階に上つた。暫すると、下で佛壇の鈴《りん》のなる音がした。
晩飯まで本を讀んで、下りてくると、食卓には何時もより御馳走があつた。佛壇には[#「佛壇には」は底本では「佛檀には」]ローソクが明るくついて、袋がのつてゐる。「お父さんに上げておいたよ。」と母が云つた。
それまではよかつた。
母親は、今までなかつた色々な寫眞が、佐多の二階の室にだん/\貼られてきたのに氣を使ひだした。
「これは何んといふ人?」
母親が佐多の机のすぐ前の壁にかゝつてゐるアイヌのやうな、ひげ[#「ひげ」に傍点
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