度さう云つた。夫はだまつて、うなづいた。
 戸がしまつた。お由は皆の外を行く足音を、しばらく立つてきいてゐた。
 自分達の社會が來る迄、こんな事[#「こんな事」に傍点]が何百遍あつたとしても、足りない事をお由は知つてゐた。さういふ社會を來させるために、自分達は次に來る者達の「踏臺」になつて、××××にならなければならないかも知れない。蟻の大軍が移住をする時、前方に渡らなければならない河があると、先頭の方の蟻がドシ/\川に入つて、重り合つて溺死し後から來る者をその自分達の屍を橋に渡してやる、といふことを聞いた事があつた。その先頭の蟻こそ自分達でなければならない、組合の若い人達がよくその話をした。そしてそれこそ必要なことだつた。
「まだ、まだねえ!」
 さうお由がお惠に云つた。
 お惠は半ば[#「半ば」は底本では「半ぱ」]暗い顏をしながら、然し興奮してお由にうなづいてみせた。

         四

 今度の檢擧が案外廣い範圍に渡つてゐることをお惠はお由から知らされた。××鐵工場の職工が仕事場から、ナツパ服のまゝ連れて行かれたり、濱の自由勞働者や倉庫の勞働者が毎日五人、十人と取調べに引か
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