だつてね。」と、夫に云つたとき、夫が、へえ! といふ顏付でお惠を見て、「何處から聞いてきた。」と賞められても、さう嬉しい氣は別にしなかつた。
 然しお惠は、夫や組合の人達や、又その人達のする事に惡意は持つてゐなかつた。初め、然し、お惠は薄汚い、それに何處かに凄味をもつた組合の人達を見ると、おぢけついた。その印象がしばらくお惠の氣持の中に殘つてゐた。けれども變にニヤ/\したり、馬鹿丁寧であつたりする學校の先生(夫の同僚)などよりは、一緒に話し合つてゐるとみんな氣持のよい人達だつた。物事にさう拘はりがなく、ネチ/\してゐなかつた。かへつて、子供らしくて、お惠などをキヤツ/\と笑はせたり、初めモヂ/\しながら、御飯を御馳走になつてゆくと、次ぎからは自分達の方から「御飯」を催促したりした。風呂賃をねだつたり、煙草錢をもらつたりする。然し、それが如何にも單純な、飾らない氣持からされた。だん/\お惠は皆に好意を持ち出してゐた。
 港一帶にゼネラル・ストライキがあつた時、お惠は外で色々「恐ろしい噂さ」を聞いた。あの工藤さんや、鈴本さん[#「鈴本さん」は底本では「鈴木さん」]などの指導してゐるストライ
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