「實際、俺の嬶シヤポだ[#「シヤポだ」に傍点]。」
「ワイフ[#「ワイフ」に傍点]との理論鬪爭になると、負けるんだなあ。」と、そして、皆にひやかされた。
 夫は聲を出して、自分で自分の身體を抱えこむやうに、恐縮した。
 朝、龍吉が齒を磨いてゐた。側で、お惠が臺所の流しに置いてある洗面器にお湯を入れてやつてゐた。
「ローザつて知つてるか。」夫が楊子で[#「楊子で」は底本では「揚子で」]、口をモグ/\させながら、フト思ひ出して訊いた。
「ローザア?」
「ローザさ。」
「レーニンなら知つてるけど……。」
 龍吉はひくゝ「お前は馬鹿だ。」と云つた。
 お惠はさういふ事をちつとも知らうと思ひ、又はさうするために努めた事さへ無かつた。それ等は覺えられもしないし、覺えたつて、どうにもならない氣がしてゐた。「レーニン」とか「マルクス」とか、それは子供の幸子から知らされた位だつた。一旦それを覺えると、自家にくる組合の工藤さんとか、阪西さんとか、鈴本さんとか、夫などが口ぐせのやうに「レーニン」とか「マルクス」とか云つてゐるのに氣付いた。何かの拍子に、だから、お惠が「マルクスは勞働者の神樣みたいな人なん
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