に唾をはくと、靴の爪先きでそれを床にこすりつけた。
 渡が出て、皆の結束ががつしりした。――と、その時、入口からもう七八人の巡査がどや/\ツと突入してきた。それで、結束はその力で一もみにもみ潰されてしまつた。皆は大きな渦卷きになつて、表へ、入口の戸をシリ/\させ、もみ出た。
 戸の外からは、剃刀の刄のやうな寒氣がすべり込んできた。夜明けに近く、冷えるにいいだけ冷えきつた、零下二十度の空氣だつた。それに皆は寢起きすぐの身體なので、その寒さが殊にブルン/\とこたえた。皆は顎と肩に力を入れて、ふるえをこらえた。
 夜はまだ薄明りもしてゐなかつた。雪を含んだ暗い空の下で、街は地の底からジーンと靜まりかへつてゐた。歩くと、雪道は何かものでも毀れる時のやうにカリツ/\と鳴つた。垢でべタ/\になつてゐるシヤツをコールテン地の服の下に着てゐた石田や齋藤は、直接《ぢか》に膚へ寒さを感じた。皮膚全體が痛んできた。そして、しばらくすると、手先きや爪先きが感覺なく、しびれてくるのを覺えた。
 皆は一人々々警官に腕を組れて外へ出た。
 一週間程前に組合に入つたばかりの[#「ばかりの」は底本では「ぱかりの」]、ま
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