皆は興奮して、ワツと聲をあげた。
 何かに氣をとられた形でゐた渡が、この時肩巾の廣い、がつしりした身體で、その渦の中に割り込んで行つた。それを見ると、鈴本は、何んでもなかつたのか、さう思つてホツとした。
「正當な理由が無えうち、俺達この全部の力にかけて、行くこと反對だ!」かすれた、底のある低い[#「低い」は底本では「底い」]聲で云つた。渡の低い聲は皆に對して何時も不思議に大きな力を持つてゐた。
 渦卷きから離れて立つてゐた石田は、空元氣を出して騷いでゐる組合員を、何時ものやうに苦々しく思ひ、だまつて見てゐた。石田は騷ぐ時と、さうでない時――さうあつてはならない時がある、と思つてゐる。この事をよくわきまへて、さうする事は、何も非戰鬪的なことであるとは思へなかつた。齋藤などは、石田には狂犬病患者であると、しか考へられなかつた。石田はこの運動をしてゐるものに、殊に「齋藤型」の多いのを知つてゐる。それ等を見ると、石田は何時でも顏をそむけた。それ等には「小兒病」と、人間らしい侮蔑語を使ふのさへ勿體なかつた。「こんな時に、それが何んになる。フン、勇敢な無産階級の鬪士だ。」――石田は自分の周圍
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